未公開シーンのひとつ
作品を書けば、否応なく書き損じは溜まっていく。副産物というか廃棄物というか。
完成原稿の10倍ほどこれが溜まっていれば、出来上がったものは傑作だ。それが経験的な目安。
どうしても本編につながる線を見つけられずに孤立してしまう章がある。たいていは実現する前に、下書きの段階で見切りはつくのだが、たまたまうまく書けたりすると、作者のわがままが生じ、勿体ないので無理やり組みこんでしまうことになる。しかし、稀には、何度にもわたる推敲の過程で、涙をのんで選別し、切断してしまうようなケースも起こる。
これは第四章の末尾にくる、かなりまとまったパーツ。愛着がありすぎて切り捨てるにしのびないが、組みこんでも異物のようで、全体の流れをとどこおらせる。懊悩すること数ヶ月。思い切って削除することに決めた。下に切り貼りするのは、そのサワリのところ。情景は1977年。
カット箇所は、この前にもう一カタマリあって、中核派殺人部隊の偵察員がDJの部屋を訪ねて恫喝をかけるシーンにあたる。似たような出来事はあったから何とかつなごうと試みたけれど、こちらは関連としても薄く、削ってもさほど無念は感じない。
秋の夕暮れはひとしく京都にも訪れていた。
DJとマルタンは、四条木屋町を下がったところにある喫茶店フランソワを出て、南方向に向かった。
高瀬川ぞいに、一目で何の商売かわかるけばけばしい女たちが五、六人たむろしていた。その背後の小橋を渡ると、すぐネオンのまたたくラヴホテルがある。
「むこうに渡ろ」マルタンが小声で言う。
車の流れが途切れるのを待って、二人は通りを横断する。
「あいつら、みんなオカマなんやぞ」マルタンが教誨師みたいな口ぶりでささやいた。
「へ、ほんまか」
マルタンは、おまえ何も知らんのやな、という顔になる。
「おまえ、試したんけ」
マルタンは得意げにニヤリと笑う。「まあな」
「んで、どやった」
「どやったて、何が?」
DJは半信半疑だったが、こいつならやりかねないとも思う。「そら、あそこの具合や」
「アホなこと訊くな」
「訊かなわからへんやんけ」
「おまえな」マルタンは一瞬、吊り目をあげて真剣な顔つきをみせる。「女より男のほうがグアイ良かったらどないすんね。クセになったら困るわい」
二人は鴨川の上にかかる橋にさしかかっていた。四条大橋のひとつ南になる団栗橋だ。二人の行く手をさえぎるように中年男がゆらりと立ちはだかる。その顔には、誤解しようのない好色な笑いがはりついている。マルタンは身体を斜めにして男の脇をすり抜けていった。DJもそれにならった。今度は中年女がこちらに目をすえて、太った胸を突き出してくる。こちらから避けなければ突き当たる。二人はその女もすり抜けて道を進んだ。
かきいれ時のようだ。団栗橋の片側は客引きでいっぱいだった。露骨に声をかけてこないのは、法律を守る用心のためだ。男の二人連れがそれ以外の目的で通りかかるはずもないから、商談を受ける体勢を示している。けれど、話は、客のほうから持ちかけてくるまで待つのだ。客が「なんぼや」と言いだせば、即、商談に移る。値段交渉が折り合うと、タクシーをつかまえて、商品たる女のいる場所まで直行させる。表向きは売春禁止を貫く清潔な古都ならではの、合理的なシステムだ。
ようやく客引きたちの群れなすトンネルをかいくぐった二人は、ホッと息をつく。
「ひゃあ、凄いな」
「よっぽどピンピンの顔に見えたんやな、わしら」
「おまえだけやろ、それ」
マルタンは早足になって、川端通りから一と筋目を右へ曲がった。「もうじきや」
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